9月の魔法
1年でいちばんノスタルジーなのは、出会いと別れの3月でも1年が終わる12月でもなく、9月だと思う。
あれだけ嫌だ嫌だと言っていた暑さが引いてきて、朝晩はタオルケット一枚だと少し肌寒くて、なぜか8月より星が綺麗に見える9月。
夏が終わる。
その事実は、どうして、卒業よりも、年末よりも、曖昧ではっきりしないものなのにこんなに鮮明なんだろう。
私は特別夏が好きなわけではないけれど、毎年夏が終わると切なくなってしまうし、夏を恋しく思ってしまう。
9月にはそんな不思議な魔法がかかってる。
日に焼けた自分の腕が、ちょっぴりドキドキしながら袖を通したスウェットと不釣り合いだった。
真っ青だった空が水色になって、絵の具を溶かしたような薄いグレーの雲と混じっていた。
200%の笑顔を惜しげもなくSNSに載せていた友達が、急に大人っぽくなって写真に映っていた。
久しぶりに会った君の前髪が、少し伸びていた。
たった、それだけのこと。
だけどその瞬間、私はどうしようもなく夏を懐古したくなる。
スマホに収めた思い出を見返したいとか、冷えた空気を肺いっぱいに吸い込みたいとか、彼女が大人っぽくなった理由を知りたいとか、君はどんな夏を過ごしたのだろうとか。
あれだけ鮮やかに彩っていた夏の思い出は、9月になった途端、カメラのフィルムを通したみたいにちょっぴり遠くなってしまった。
両足で地面を蹴って全力で走っていたのに、歩幅を緩めて景色を眺めながらゆっくりと歩くようになってしまった。
季節の輪郭がぼやける9月は、今も過去に、過去も今になってしまう。
だからノスタルジーで、だから、切なくて綺麗だ。
久しぶりのスウェットから日焼けした手首を覗かせて、水色の空の下で金木犀の香りを吸って。
大人っぽくなった彼女の片想いの行方を案じて、前髪が伸びた君を横目に見ながら、週末はどこへ行こうかなんて考える。
夏を引きずりながらこれからのことにワクワクする、そんな9月が好きだ。
また、来年。
暑いって嘆きながら夏を迎えよう。
きっと9月が、夏を思い出にしてくれるから。